TPPに勝る日本経済の「活力源」なし

足元で景気底入れの兆しがみえるとはいえ、2015年も米金融政策転換に伴う新興国経済混乱の可能性が懸念され、日本経済の先行きを過度に楽観することは禁物だと国際金融情報センターの加藤隆俊理事長(元財務官)は指摘する。

そのうえで、喫緊の課題として、潜在成長率の底上げを目指した成長戦略実行、岩盤規制を崩すテコとなり得る環太平洋連携協定(TPP)実現の重要性を説く。

同氏の見解は以下の通り。

<いまだ脆弱な日本経済の成長基盤>

先進国の中では稀有な存在だった安定政権が2年を経てなお、総選挙によって国民の信任を得た。日本にとって、中長期に必要な政策を実行できる政治的基盤が整ったという意味では良かったと言えるのではないだろうか。

それにしても、安倍首相には運も友となっている。2012年12月の政権発足時は、循環的に景気の谷に位置していた。また、足元では原油安の強い追い風が吹いている。4月の消費増税後、国内総生産(GDP)成長率は2四半期連続でマイナス成長に陥ったが、2015年は次第に回復基調を確認していくと期待される。

実際、秋口以降の経済指標には、底入れの兆しがみえる。例えば、財務省の11月貿易統計速報(通関ベース)では、輸出額は3カ月連続で増加を示した。12月の日銀短観でみた企業の設備投資計画も上方修正されている。10%への消費増税先送りも当面、消費者心理にはプラスとして働こう。こうしたなかで、実質的な減税に等しい原油価格の下落が続くことは明らかに日本経済にプラスだ。

ただ、忘れてはならないのは消費増税の影響が予想以上に大きく、長期化したことである。これは、日本経済の成長基盤 が思っていたほど底堅いものではないことを示している。さらには需要面からの景気刺激策の有効性は、労働力や資材不足など供給面のネックのため、大きく削 がれることがこのところ強く意識されてきている。2015年は、特に生産労働力人口の下落への対応を軸とした供給面でのファンダメンタルズ強化を目指した 諸政策の早期実行を期待したい。

<米金融政策転換の波及効果に要注意>

一方、海外に目を移すと、2015年は日本経済の回復シナリオを狂わすリスク要因に細心の注意が必要だ。ロシア情勢や中東情勢など地政学リスクはもちろんのこと、特に警戒すべきは米連邦準備理事会(FRB)の金融政策転換に伴う新興国経済の混乱リスクだ。

一部で懸念される米国景気の腰折れや中国経 済のハードランディングの可能性については、筆者はさほど心配していないが、東南アジア諸国連合(ASEAN)、あるいはブラジル、メキシコなどの主要新 興国から巨額の資金流出が起きて、それらの国々の成長率が目にみえて下がるようなことがあれば、日本の景気を冷え込ませる可能性を十分意識しておく必要が ある。

目先で市場の心配は「逆オイルショック」に伴うロシア、イラン、 ナイジェリアなどの資源国の経済的混乱にあるようだが、2015年を見通してやはり不安なのは、年央にも始まると予想される米利上げ局面への金融政策転換 のスピルオーバー(波及効果)問題だ。例えば1994年と2004年の米利上げ開始前後では先進国でも株価が下げたほか、94年にはメキシコ危機を招くな ど新興国経済にも深刻な混乱が広がった。

しかも、今局面は金融緩和の規模がケタ違いだっただけに、スピルオーバーも増幅される恐れがある。2013年5月に バーナンキFRB議長(当時)が量的緩和の段階的縮小(テーパリング)開始の可能性に少し触れただけで、新興国経済にあれほど大きな混乱を招いたのだか ら、実際に利上げに向かうプロセスで、いかなる動揺の連鎖が起こるかは読みにくい。

加えて、ロシア及びウクライナ情勢が深刻化して、とりわけドイツ経済に飛び火するようなことがあれば、欧州発で国際金融市場全体に再び緊張が走らないとも限らない。その場合、リスクオフの巻き戻しで、一時的に円高方向への修正が入る可能性もあろう。

<岩盤規制の緩和につながるTPPの重要性>

このように2015年の経済情勢は海外要因の不透明性ゆえに非常に見通しにくい。しかし、活況を呈する米国経済、原 油価格の大幅な下落といった材料もあり、これまでのように経済の先行きに対するリスクが下方に偏っている、ということでもない。それだけに、安倍政権に対 しては、足元の景気動向に注意を払いつつも、目下ゼロ%台といわれる潜在成長率の底上げに向けた施策が着実に実行されていくことを期待したい。特に環太平 洋連携協定(TPP)の交渉締結は急務であると考える。

良し悪しは別として、日本は外圧をテコにして痛みを伴う変化を受け入れるところがある。戦略特区を使って岩盤規制を崩すという考え方もあろうが、特区で実施した規制緩和メニューを全国で展開するまでには、もの凄いエネルギーと時間が必要だ。

地域活性化のために特区戦略は大いに進めるべきだと筆者も考えているが、日本経済の成長を促す活力源としてはTPPに勝るものはない。しかも、中韓の自由貿易協定(FTA)が進み始めている現状に鑑みると、一刻の猶予もないように思える。このまま手をこまぬいていれば、競争上不利になりかねない。

むろん、TPPは相手国がある問題であり、特に上下両院を共和党に支配されているオバマ政権の実行力を問う声があるのは承知している。ただ、別の角度からみれば、約2年の任期を残すばかりとなったオバマ大統領も歴史的評価を気にする段階に入っているはずだ。

前回の民主党政権を率いたクリントン大統領の大きな業績の一つは、北米自由貿易協定(NAFTA)だった。その意味で、TPP実現はオバマ大統領にとって教科書に刻まれるレガシー(遺産)となり得る。安倍政権が2015年中にTPP妥結への道筋をつけるチャンスを活かす機会は十分あるはずだ。